
第一章で言いましたが、自分を発見するのは大事で決して恥ずかしい事ではないです。絵を描くのであれば過去の成果物の中にそれがあるし、その中に不足も感じるでしょう。私がニュートラルを重視するのは客観を学んできて結局主観が必要になったからです。その主観の根拠がニュートラルなわけでそこからの発見も出来るという事です。
(画学生の頃)
もう何十年も前、私は絵を学んでいた。今でも思い出すのは美術科の授業だったり予備校で過ごした時間である。大げさに言うと何千年という美術史の中で今目の前の事を私の感覚で描く事を学んでいたように思う。私は時々そこに戻り、思い出すのだ。
もうすぐ四十八になる私は光について考える。目の前にある光を追いかける。そして美しい絵に仕上げていく。だが光というのは見えるものが全てではない。こんな話は道端にいくつも転がっていたが実際そうだ。光というのは必死に追いかけていたあの頃のような事だ。
(無駄な事をする)
四十年近く絵を描いてきて現在になっても絵を描く事が有意義なのかわからない時があります。もちろん人間の全ての行為に意義があるわけではないでしょう。無駄な事が出来るというのはとても贅沢なのかもしれないです。そうだ、無駄な事をしよう。
(父母の事)
端的に言うと「揺るがない」いかなる時も意地っ張りで腹が立つのだ。それが父であり、それに頑として逆らうのが母である。
(ジスキネジア)
もう精神薬を飲み続けて二十年ほどになります。その間薬を変えたり合わなくて戻したり20㎏減量したりしながらほぼ同じ薬を飲んできました。しかし最近になって体がもぞもぞして体が突っ張ったり腕が勝手に動いたりするようになり歩行も両手がスムーズに動かなくて横になると頭がもぞもぞ肩がもぞもぞして酷い肩こりになり接骨院でほぐしてもらったりしました。ネットで調べた所、遅発性ジスキネジアという精神薬の副作用だと思いました。悪化すると治りにくく、後遺症が残り生活の質が落ちるとありました。流石にそれは嫌なので先生に減薬と漢方薬も出して欲しいとお願いしてその通りにしてもらいました。先生は危険でリスクがあると言いました。私も薬を減らして元の症状が悪化するかもと思うしジスキネジアも悪化するかもしれないです。治ってほしいです。何も起きないでジスキネジアだけ治まったら私の勝ちです。